妻の実家の地区で夏祭りがあった。地区のお祭りとはいっても住民の数も多いため、けっこう大掛かりで、花火も相当数打ち上がった。去年も見に来たが、今年も妻と子供と義理の母と見に来た。出店も地区の人たちがやっているのであろう、ビールや焼き鳥、かき氷などがあり、多いに賑わっていた。遅く行ったので、生ビールが売り切れ、義理の母が残念そうであった。飲みたかったのであろう。
このようなお祭りは帰省する人が多いお盆には各地で多数行われる。地域共同体として機能を確認するためにもおこなわれるのであろうか。また、帰って来た人に故郷の良さ、人と人の繋がりを確認してもらうためにも行われるのかな。前からやっているからその流れで行われているのか。いろんな側面はあろう。参加すれば楽しいし、花火もきれいであるが、このようなお祭りを維持していくのは大変である。自治会という組織の機能も弱くなっているようだし、皆面倒なことを嫌がる。高齢者だけになってしまったような自治会ではお祭りもやりたくてもできないであろう。
震災以降、福島でのイベントの開催回数は劇的に増えていると思う。ボランティア団体や行政などが復興イベントなどを積極的に開催してくださる。私が係っているボランティア団体でも8月24日に仮設住宅での夏祭りイベントを開催する。このようなイベントは参加する人が楽しまなければ長続きしない。やってみると準備など大変であるがいろいろと楽しいことも多い。
人は一人で生きて行ける訳はないし、やはり身の回りの他人と仲良くしなければならない。仲良くする他人との距離が以前であれば、地域の中だけ、職場の中だけであったのが、今は地区や社会的な繋がりを飛び越える。
これからは機能が弱くなっている自治会と活動をしたいボランティ団体が連携していくことが必要だ。人出募集の自治会とお祭りやりたいボランティア団体をマッチングするような取組みがあってもいいと思う。
2013年8月11日日曜日
2013年8月10日土曜日
津田大介
子供を近くの屋内遊技場で遊ばせて、一休み中。今日の福島は以上なほど暑い。日本全国同じように暑いようだ。今までが雨や曇りが多く、夏らしくない天気だったので、このいきなりの暑さは体にこたえる。福島特有の蒸し暑い夏がようやく来たという感じだ。娘は疲れて寝ているので、その間にブログを更新。
来週、ネットメディアで有名な津田大介氏が福島に来られるらしい。知り合いの方が東日本大震災復興のためのフォーラムでパネリストとして津田氏と同席したということで、その方から来福の件をお聞きした。津田氏のことを知ったのは一年くらい前だろうか。最初は何を仕事にしているんだろうというのが感想であった。ブログを書いているだけで仕事になるんだろうかと思ったが、いろいろと見て行くと有料メルマガの配信や既存メディアへの出演など精力的に活動しているようだ。ただし、今までのコメンテーターやジャーナリストとも少し違う。どちらかというと何か小説家のような雰囲気を出しているというのが印象だ。彼が書いた新書も読んだが、ネットメディアの状況を客観的に分析しつつも、その分析の上に未来を思い描いているような感じがした。
彼の情報発進力は凄いらしい。○○新聞、○○テレビのように現代における新しいメディア、彼自身がメディア媒体ということか。ネットの力というのは凄いものになつつある。個人が情報を発信することができるようになったというのは、革命的なことなのかもしれない。ただし、津田氏のように人間自身がメディア媒体のように巨大な情報発信力を持つようになれるのかというと、これもまた既存のメディアのように一握りの人間しかなれないのであろう。一握りの発進力のある人間を核にして、情報発信をする人間が網の目のように繋がっていく。一万人のフォロアーを持つ人間をキーに、その下に数百人のフォロアーを持つ人間が繋がり、その下に数十人のフォロアーを持つ人間が繋がって行く。会社や国、都市のつながりなどとある意味同じなのかもしれない。リアルな世界からヴァーチャルな世界になり、使うツールは異なっていても見方を変えると構造は同じなのかもしれない。ヴァーチャル上のネットワークビジネスがはやるかもしれない。
さて、津田氏のような既存メディアとは一線を画して、情報発信力のある個人として動ける人間は被災地復興のためにはぜひとも必要だと思う。真実を多くの人に発信することからしか社会は変わらない。それでも変わらないのが日本だと思うが、発信し続けることが大切であると思う。特に福島から、福島に住む自らが情報を発信していくことが大切であると思う。カメラとパソコン、インターネットがこれからの武器だ。後は武器の使い方。ただ単に使えるものではない。カメラの取り方や文章の書き方、ネットの発信の仕方など訓練が必要だ。ネットメディア塾構想を津田氏に提案してみよう。ぜひ講師になってもらいたい。
来週、ネットメディアで有名な津田大介氏が福島に来られるらしい。知り合いの方が東日本大震災復興のためのフォーラムでパネリストとして津田氏と同席したということで、その方から来福の件をお聞きした。津田氏のことを知ったのは一年くらい前だろうか。最初は何を仕事にしているんだろうというのが感想であった。ブログを書いているだけで仕事になるんだろうかと思ったが、いろいろと見て行くと有料メルマガの配信や既存メディアへの出演など精力的に活動しているようだ。ただし、今までのコメンテーターやジャーナリストとも少し違う。どちらかというと何か小説家のような雰囲気を出しているというのが印象だ。彼が書いた新書も読んだが、ネットメディアの状況を客観的に分析しつつも、その分析の上に未来を思い描いているような感じがした。
彼の情報発進力は凄いらしい。○○新聞、○○テレビのように現代における新しいメディア、彼自身がメディア媒体ということか。ネットの力というのは凄いものになつつある。個人が情報を発信することができるようになったというのは、革命的なことなのかもしれない。ただし、津田氏のように人間自身がメディア媒体のように巨大な情報発信力を持つようになれるのかというと、これもまた既存のメディアのように一握りの人間しかなれないのであろう。一握りの発進力のある人間を核にして、情報発信をする人間が網の目のように繋がっていく。一万人のフォロアーを持つ人間をキーに、その下に数百人のフォロアーを持つ人間が繋がり、その下に数十人のフォロアーを持つ人間が繋がって行く。会社や国、都市のつながりなどとある意味同じなのかもしれない。リアルな世界からヴァーチャルな世界になり、使うツールは異なっていても見方を変えると構造は同じなのかもしれない。ヴァーチャル上のネットワークビジネスがはやるかもしれない。
さて、津田氏のような既存メディアとは一線を画して、情報発信力のある個人として動ける人間は被災地復興のためにはぜひとも必要だと思う。真実を多くの人に発信することからしか社会は変わらない。それでも変わらないのが日本だと思うが、発信し続けることが大切であると思う。特に福島から、福島に住む自らが情報を発信していくことが大切であると思う。カメラとパソコン、インターネットがこれからの武器だ。後は武器の使い方。ただ単に使えるものではない。カメラの取り方や文章の書き方、ネットの発信の仕方など訓練が必要だ。ネットメディア塾構想を津田氏に提案してみよう。ぜひ講師になってもらいたい。
2013年8月9日金曜日
汚染水
7日、政府の原子力災害本部が一日300トンもの汚染水が海に流出していることを認めた。今頃になってという気がする。地下水が流入しているのは当初から分かっていただろうし、それが今まで海には流れ出ていないと考えていた方がおかしい。初めからわかっていたんだろと言いたい。
この原子力災害に関しては最初から同じことを繰り返している。情報が後から後から小出しに出てくる。それがより不安をあおいでいると思う。そして誰も責任を取ろうとしない。これだけの放射性物質をバラマキ、海を汚し続け、それも自然災害だったからしょうがないということで、誰も責任を取らないのでしょうか。原子力村とよくいいますが、責任を追及しないということでは、日本全体が事なかれ主義の村に陥っている。先の参院選で自民党が圧勝したことでも明らかである。原発は心配だけどとりあえず目先の経済のためのは原発はしょうがいない。という感覚で皆が票をいれたのであろう。まあ、他の政党がどうしようもないということもあったと思うが。こんなことを考えると、日本はやはり成熟した社会にはなっていないということだと思う。子供と大人の教育が必要なのでしょう。
とにかく今は海への汚染を止めることに全力で取り組まなくてはならない。でも本当にできるのか。放射線量が高い場所での作業になるはずだから、技術者、作業員の確保や作業も大変なはずだ。もし、食い止められなければ国際問題になるはずだ。近隣諸国に対して言い訳はできない。外交の主導権も握られてしまうだろう。日本は信用できないといって調査船を出されても今のままでは文句も言えない。政府はようやく国費の投入を決めたが、全面に出て自らも責任をとる覚悟でやってもらいたい。
この原子力災害に関しては最初から同じことを繰り返している。情報が後から後から小出しに出てくる。それがより不安をあおいでいると思う。そして誰も責任を取ろうとしない。これだけの放射性物質をバラマキ、海を汚し続け、それも自然災害だったからしょうがないということで、誰も責任を取らないのでしょうか。原子力村とよくいいますが、責任を追及しないということでは、日本全体が事なかれ主義の村に陥っている。先の参院選で自民党が圧勝したことでも明らかである。原発は心配だけどとりあえず目先の経済のためのは原発はしょうがいない。という感覚で皆が票をいれたのであろう。まあ、他の政党がどうしようもないということもあったと思うが。こんなことを考えると、日本はやはり成熟した社会にはなっていないということだと思う。子供と大人の教育が必要なのでしょう。
とにかく今は海への汚染を止めることに全力で取り組まなくてはならない。でも本当にできるのか。放射線量が高い場所での作業になるはずだから、技術者、作業員の確保や作業も大変なはずだ。もし、食い止められなければ国際問題になるはずだ。近隣諸国に対して言い訳はできない。外交の主導権も握られてしまうだろう。日本は信用できないといって調査船を出されても今のままでは文句も言えない。政府はようやく国費の投入を決めたが、全面に出て自らも責任をとる覚悟でやってもらいたい。
2013年8月8日木曜日
夏祭り
今日は福島で七夕まつりがあり、夜、妻と子供をつれて見物に出かけた。
市内のパセオ通りというところに七夕飾りが飾り付けられ、出店も出て賑やかであった。子供にはおもちゃの屋台でメロンパンナのお面を買って上げたが、700円もしてびっくり。やはりお祭り価格である。
パセオどおりはいい雰囲気で、人も結構出ていた。今夜のようにいつも夜は通行止めにして、オープンカフェにしたらいいのにと思う。夜、人が出ていない町は面白くない。雑踏として雰囲気やエネルギーが新しいものを生んで行くと思う。
市内のパセオ通りというところに七夕飾りが飾り付けられ、出店も出て賑やかであった。子供にはおもちゃの屋台でメロンパンナのお面を買って上げたが、700円もしてびっくり。やはりお祭り価格である。
パセオどおりはいい雰囲気で、人も結構出ていた。今夜のようにいつも夜は通行止めにして、オープンカフェにしたらいいのにと思う。夜、人が出ていない町は面白くない。雑踏として雰囲気やエネルギーが新しいものを生んで行くと思う。
特攻隊記念館
7月末、会社の旅行で鹿児島、熊本に行って来た。特に鹿児島の知覧にある特攻隊記念館は前から行ってみたかったので、会社の旅行にこれ幸いと喜んで参加した。まあ、幹事なので自分で企画したようなものだが。
相乗りの定期観光バスを利用したので、実質30分くらいしか特攻隊記念館には居ることができなかった。もっと見たかったというのが感想である。記念館は予想していたより大きく、実質大の戦闘機も展示してあり驚いた。特攻隊で散って行った若者達の遺書や遺品が多数展示してあり、涙無しでは見られない。
特攻隊として散って行った若者達の写真が一枚一枚展示してあった。その顔はどれも幼く、それでいて凛々しい。純粋という言葉そのものである。写真を見ていたら悲しみと同時に怒りが湧いて来た。彼らを死に追いやったのはなんなのか。特攻という馬鹿げた作戦をやらせた日本という国はなんなのか。もしかすると今も日本は変わっていないのではないか。馬鹿な大人がやった事の結末はいつも子供や弱い人たちに来る。今の福島でもまったく同じである。戦争と原発。まったく違うようで、その要因は同じなのかもしれない。
ぜひ、知覧の特攻隊記念館には行って欲しい。子供がもう少し大きくなったらぜひ連れて行きたい。
相乗りの定期観光バスを利用したので、実質30分くらいしか特攻隊記念館には居ることができなかった。もっと見たかったというのが感想である。記念館は予想していたより大きく、実質大の戦闘機も展示してあり驚いた。特攻隊で散って行った若者達の遺書や遺品が多数展示してあり、涙無しでは見られない。
特攻隊として散って行った若者達の写真が一枚一枚展示してあった。その顔はどれも幼く、それでいて凛々しい。純粋という言葉そのものである。写真を見ていたら悲しみと同時に怒りが湧いて来た。彼らを死に追いやったのはなんなのか。特攻という馬鹿げた作戦をやらせた日本という国はなんなのか。もしかすると今も日本は変わっていないのではないか。馬鹿な大人がやった事の結末はいつも子供や弱い人たちに来る。今の福島でもまったく同じである。戦争と原発。まったく違うようで、その要因は同じなのかもしれない。
ぜひ、知覧の特攻隊記念館には行って欲しい。子供がもう少し大きくなったらぜひ連れて行きたい。
2013年8月6日火曜日
浪江町
震災以降、いろいろとボランティア活動でご縁をいただいているのが浪江町の方達だ。特に桑折町と二本松の仮設住宅の皆さんとは仲良くさせていただている。どちらも自治会長さんがリーダーシップを発揮し、自治会と仮設住宅を取り仕切っている。言葉は悪いが親分さんのようだ。しかし、見ず知らずの人たちがいきなり一つの場所に集められて、共同生活をさせられるのだから、ある意味、人を従わせる迫力的なところがないとできないと思う。
皆から怖がられ、それでいて慕われ尊敬される。リーダーとはどんな仕事、場所にいても同じなのでしょう。政治家も見習ってほしいものです。
写真は教会に二本松の仮設住宅の皆さんがボランティア活動にいった時のものです。自分たちが受けたボランティアのお礼にボランティアを行う。こういったいい循環が続いて行くことがいい社会を作っていくことなのでしょう。
皆から怖がられ、それでいて慕われ尊敬される。リーダーとはどんな仕事、場所にいても同じなのでしょう。政治家も見習ってほしいものです。
写真は教会に二本松の仮設住宅の皆さんがボランティア活動にいった時のものです。自分たちが受けたボランティアのお礼にボランティアを行う。こういったいい循環が続いて行くことがいい社会を作っていくことなのでしょう。
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