2013年9月25日水曜日

規制と復興

 福島の海は放射能汚染問題で大変な状況である。特に漁師の方達の苦労は計り知れないものがある。夢を抱いて漁師になった若い漁師の方達は魚が取れない、漁に出れない状況に苦しんでいる。いくら補償が出るからといって、瓦礫処理などの仕事では面白いはずがない。がんばればがんばった分だけ収入が増える漁の仕事を皆やりたいはずである。
 昨日、相馬に行き、若い漁師の方と話す機会を得た。試験操業は開始になるということであったが、大手を振って本来の漁ができる状況ではない。聞けば、漁師という職業はいろいろな規制に縛られている職業だということが分かった。漁ができるエリアも決められているし、水揚げできる港も決まっている。お話を聞いた若い漁師の方は4県操業といって福島以外の3県の沖合において漁ができる権利を持っているということであるが、他県の漁協から漁にくることを拒まれているということである。県域の水産資源の保護、自分の組合員の保護などいろいろな考え方があると思うが、同じ漁師仲間という考え方で、福島の若い漁師の人たちに漁をさせて上げることはできないのであろうか。東電や国に補償してもらえるからいいだろうということだけではなく、やはり若い漁師の方達には漁をさせてあげ、後継者を日本として残して行くことも必要ではないだろうか。

 震災からの復興について原点に立ち返った取組みが必要である。人として何が大切なことなのか。今ある制度や規制の上に考えるのではなく、柔軟に取り組む必要がある。これにはやはりトップの力だと思う。トップ、リーダーがとにかくいない。震災という状況にあった初めて分かった。人はとにかく責任を取りたくないということ。自分が大切だと思うこと、信念を持つ人はそのために責任をとるということをする。責任をとるという覚悟をもって行動するリーダーが被災地には必要である。

 

2013年9月3日火曜日


娘と森の中を散歩した。温湯温泉まで車でドライブした帰り、美しい森の中での写真。


相馬の漁師達

 先週の金曜日、相馬の若手漁師達と酒を飲む機会を得た。彼らは福島市で行われた農産物直売のイベントに出展をしてつぶ貝やコウナゴなどを販売していた。ご存知のとおり、今相馬の海は原発の汚染水の問題で大変なことになっている。漁師の方達は試験操業という形で週に一回漁をしていたが、現在はそれも中止になっている。次から次と原発から汚染水が漏れたというニュースが発表されるが、その度は彼らはどのような気持ちになるのだろうか。
 海と共に生き、海を生業としてきた彼らの生活は大きく変わろうとしている。
今、漁師達はがれきの撤去や今回の直売のようなイベント的な仕事をしている。明るくイベントに出ていたが、魚を捕る喜びには代えられないだろう。中学を卒業してすぐに漁師になったという方からは漁師になるのが当たり前だと思って育ってきた。という話を聞いた。彼らに先の見えない、汚染水の問題を突きつけていいのだろうか。彼らの海を守る戦いは続いていく。



2013年8月27日火曜日

秋の気配 散歩の誘い


 夕方になるとめっきり涼しくなった。急に秋が来たようだ。家の周りの稲もずいぶん伸び、色づくのも間もなく。すすきもチラホラと姿を現した。人間がどれだけ馬鹿なことをやっても、季節は巡ってくる。
 福島は四方を山に囲まれている。特に西側にある吾妻連邦は雄大である。しかし、日々暮らしているとその雄大な自然の素晴らしさなどは忘れてしまう。日々の生活に追われ、山や周りの風景を見る機会をなくしてしまう。改めて散歩してみると福島の自然や風景に心を癒される。私は人々の日々の暮らしと自然が調和している里山の風景が好きだ。田んぼがあり、果樹園があり、森があり、家がある。その中を特にあてもなく散歩してみる。実に気持ちがいい。私は夕方の時間が好きだ。誰しもが抱く郷愁だと思うが、特に秋の夕暮れ時はいい。太陽が沈んでからの数分間をマジックアワーというらしい。今年はなるべく時間を作ってマジックアワーを楽しもうと思う。娘とともに。







2013年8月25日日曜日

夏祭りと仮設の幸せ


 二本松の仮設住宅で所属するボランティア団体と自治会が共催で夏祭り・盆踊り大会を開催した。非常に盛り上がり、夜遅くまで宴が続いた。仮設の皆さんにとってはこのような大勢の人たちと賑やかに過ごす楽しみが一番楽しいようだ。ともすればマンネリになりかねない仮設住宅での生活。住み慣れた土地を離れての生活。周りに友達もいなければ部屋に籠りっぱなしという人も多いだろう。生活不活発病という病気もあるらしい。痴呆症や成人病に繋がっていく恐れも有り、少しでもアクティブに、生き生きと生活してもらうことが、今後も長く(残念ながら)つづく仮設住宅生活者には必要である。

 夏祭り自体は焼き鳥やかき氷などの屋台とやぐらを建てた盆踊りとシンプルなものであったが、仮設住宅の方達だけでなく、支援する我々ボランティア団体も多いに楽しむことができた。盆踊りに参加するのが初めてという人もおり、コミュニティが希薄になっている現代では昔からある盆踊りでも新鮮になるのだなと思った。
 
 さて、夏祭りは大成功であったが、今後も2回、3回とこの夏祭りを続けていくことがいいことか、あるいは悪いことの中と思ってしまった。夏祭り自体は参加される方は楽しいし、周辺の方達とのいいコミュニケーションの場にもなる。しかし、来年度以降も夏祭りが行われるということは、それだけ避難が長引くということでもある。この状況でいけばおそらく数年はこのままの仮設住宅での生活が続くはずだ。仮の町構想も用地買収も進んでいないなかでどれだけ実現性があるのかまったく見えない。おそらく、このまま借り上げ住宅と仮設住宅が複数の市町村の中にある形が続いていくのだろう。
 この二本松仮設住宅では自治会長のリーダーシップもあり、また、少人数の仮設住宅ということもあるのだろう、住民は皆、仲が良くほぼ毎日のようにサークル活動があり、それとともに四季折々のイベントなどがある。こんな幸せな仮設住宅暮らしはないという方もいらっしゃるくらいである。仮設の住環境は厳しいものがあるが、それだけでなく人と人の繋がりやソフト面の充実により幸せが作り出せるということがわかる。
 いっそのこと、こちらの仮設住宅は60代以上の方ばかりなので、このまま仮設住宅老人ホームにできないかとも思ってしまう。せっかくできなた人の絆を壊さず、老人ケアの仕組みを導入できればいいと思う。




2013年8月22日木曜日

福島の子供保養

 8月19日から21日、福島の子供達を新潟の海辺に保養旅行に連れて行った。姉の家族3人と姉の友達とその子供、姉の友達の義父とその孫の3家族の参加者である。家族旅行的な人数であったが、スタッフとなるといろいろ気を使い疲れた。でも、充実した時間を過ごすことができた。
 廃校となった中学校を改造して作った宿泊施設も子供達には楽しかったようだ。教室が客室に、技術室が温泉になったいた。体験教室もでき、松ぼっくりからフクロウの置物づくりをした。近くの碁石海岸というところで遊ばせたのだが、人も少なく穴場的海水浴場で十分に遊ぶことができた。
 福島で海と言えば太平洋側であるが、原発事故で海水浴はできない状況である。いや、海水浴はできるのだが汚染水の問題もあり、子供を海に入れる親はいない。海開きで子供達が海に入っている映像などがテレビで流れるが、大丈夫なのかと思ってしまう。放射能検査はしているということだから大丈夫なのだろうが、自分の子供を泳がせられるかというとう〜んとなってしまう。
 新潟に行っている時に入ってきたニュースが福島の子供44人が甲状腺癌とのニュースである。県は原発事故とは関係がないと言っているが、まったく信じられない。Twitterではこの話題が多くツイートされているようだ。これからも甲状腺癌が増え続けるのではないか、自分の子供もと心配している親は多いはずだ。ヨウ素が甲状腺に影響を与えるというのが立証されているのであれば、被爆した量がどうであろうと、原発事故という特殊な状況下に置かれた場所では、子供に対する検査、医療保障はしなくてはならない。子供の医療は福島は現在無料となっているが、それだけで済まそうという政府の考えは見え見えである。おそらく多くの人がそう思っていると思う。東電の損害賠償も1割程度しか進んでいないようであり、政府や県に対して、本当に生活を守ってもらえるのか!?という不信感が増大している人が多いと思う。今回、新潟に行き、福島のお母さん達の話を聞いたが、国や県に対する不信感というのがとにかく強い。
 政府、東電に対する恨み。なぜこんな目にという気持ちがマイナスのエネルギーを生み出しかねない。恨みは子供達に悪い影響を与える。恨みではなく怒りと行動が大切だと思う。政府・東電に対する怒りと行動。自分たちが助け合う慈愛と行動。二つの心と実践を子供達に背中で見せて行かなければ、いびつな福島になってしまう。子供達に正しい生き方をしてもらうためには今が踏ん張りどころだ。
 

2013年8月19日月曜日

お盆

 お盆の季節となった。福島ではフェスティバル福島というのが街中で開催され、有名ミュージシャンが集まり盛大に盆踊りをおどったらしい。私は仕事で街中にはいたが、駅を挟んで反対側で踊っていたらしく音も聞こえて来なかった。盆踊りのテーマは「ええじゃないか」というらしい。なんか終末的な臭いもするが。
 仕事を終え、夕方から娘をつれて土湯温泉の盆踊りを覗いてみた。こちらは小ぢんまりと温泉街の中にやぐらが組み立てられ、地元の人が踊り温泉客が見物といった風景。仮装盆踊りらしく、8割くらいの人はちょっとした仮装していた。中途半端な感じが田舎風で雰囲気が出ていた。温泉街の道には名産であるこけしの提灯らしいものが並べてあり、こちらも雰囲気があり、昭和のお盆という感じである。
 お盆の夜の空気感というのは独特である。夏の夜の空気というか。じっとりという重い空気が静かに満ちているあの雰囲気。その雰囲気の中で家族が集まり、死者の霊を向かい入れる。目に見えない物を感じるそれがお盆だと思う。お盆とかお正月という行事はけっしてなくならだろうし、その中で感じる雰囲気も日本人として時代を超えて共有できるものなのかも知れない。人と人が共有できるものというのは有りそうでない。まして時代を超えて共有できるものなど。神社仏閣など歴史を経て、あるものなどにはそのような雰囲気があり、人々に共有する何かがある。目に見えないものを大切にしてきた日本人である。この雰囲気を感じる行事やお祭りなど大切にしていくことが必要だと思う。人と人が共有する何か。それがなくなってしまえば日本人が日本人でなくなり、様々なひずみが出て社会がおかしくなるのではないだろうか。政治や教育など、その様なことにもっと目を向けるべきである。都合のいいナショナリズムやスローガンで日本人の共有を無理矢理作り出すのではなく、伝統の行事や文化に隠されている、静かに、それでいてエネルギーがある雰囲気を大事にしていくことこそ、今、日本にとって必要なことであると思う。